わたなべあきおWeb

投稿記事の裏側

友から「朝日新聞の<声>欄にお父さんの文が載ってるんじゃない?」とのメールが入った。帰宅して17日の新聞を開いてみると、あった!・・・確かに親父の文章だ。

「童顔の大男は血吐き消えた」・・・60年前の広島原爆絡みの内容だ。文章自体は、父の詩集の中に納められていたものなので驚きはなかったのだが・・・、採用されたことに意義ありか?

今朝、父に電話をすると、「見たかい・・」と、満更でもなさそうだ。話を聞いていると、ほんとは12日に掲載されるはずだったようだ。

そして、ちょっとした裏話・・・。
朝日の担当者が同じ渡部姓だったこと。僅かな文章なのに、四カ所ものチェックが入ったこと。「新型爆弾とあるが、当時はもう原子爆弾という表現が使われていた」「顔をしかめるとは言うが眉をしかめるとは言わないのでは・・」「前の家とはどういうことか?」等々。たしかに、記事の中では削除されたり書き換えられたりしている。その人個人の意見記事なんだから、そのままでも良さそうに思うのだが・・・。さすが大新聞なのだろうか?

親父が言った。「辞書には、眉をしかめる〜という例文が載っている!」元国語教師の面目か?

そして、僕は二十歳のころの自分の投稿文を想い出していた。
「素顔で生きる」(毎日新聞)。一字一句・・削られたり換えらたりはしていなかった。文章そのものが素直だったという証なのかも知れない。果たして今、あんな文章が書けるだろうか?

(Update : 2005/08/19)